森の奥で

 ベテラン刑事は、四人の容疑者を見て呆然とした。
彼は心の中で叫ぶ(何者なんだ、この四人は)。

 釣り糸を頭に被ったような不自然な色のカツラ。
長すぎるつけ睫毛。カラーコンタクトレンズの青い瞳。
派手だが薄っぺらで、引っ張ったら簡単に破れそうな
化学繊維の服。紙のハリボテを身につけた者までいる。
 ベテラン刑事はとりあえず、手帳を握りしめて
質問を始めた。「まずは、名前を教えてくれるかな」
平沢唯です」「小野田坂道です」「初音ミクです」
「艦これの天龍です」
 ベテラン刑事は容疑者たちの言葉を
手帳に書き留めようとして、手が止まった。
「かんこれのてんりゅう?」

 その時、若い制服警官が近づいてきて、
四人の容疑者に言葉をかけた。
「キミたち、何のキャラのコスプレをしているか
じゃなくて、本名を教えてくれるかな?」
 容疑者たちはゆっくりうなずいた。



 容疑者たちは森林公園で撮影会をしていたらしい。
私物は公園の管理事務所に預かってもらい、
コスプレして様々なポーズで写真を撮る。
 ところが、途中で涼宮ハルヒがいなくなった。
「探し回ったところ、森の奥で
ハルヒちゃんは倒れていたそうです」
 若い制服警官が、ベテラン刑事に報告する。

「絞殺らしいね」
「はい。首に赤い痕がありました。
太い紐のようなもので絞められたらしいです」
「凶器は?」
「それが、不思議なんです。どこにも見つからなくて」

 若い制服警官とベテラン刑事が事件現場の森へ行くと、
太った男が警察関係者と会話していた。
 ベテラン刑事が制服警官に質問する。
「あの男は?」
「撮影会に参加していたカメラマンです。
彼だけは容疑が晴れました」
「無実なのか。なぜ?」
「アリバイが成立しました。彼はずっと
レイヤーたちの撮影を続けていたそうです。
一人になる時間もなかったとか。
まあ、こき使われていたわけですね」


 レイヤーという単語は初耳で意味不明だったが、
ベテラン刑事はとりあえず事件に意識を集中した。
「なるほど、森の奥で事件を起こすヒマなど
なかったわけだ。太った腹に巻き付いている
あのベルト。凶器になりそうなんだがなあ……」
「凶器は謎ですね。
事件そのものは衝動的な出来事のようですが」
「うん。『カッとなって首を絞めた』ということだと思う。
しかし、何を使って首を絞めたのか、
その後どうやって処分したのか……」
 ベテラン刑事と制服警官は、森林公園の
管理事務所に足を踏み入れた。建物の奥にある
薄暗い控え室で、四人の容疑者は待機している。
 通信機器の使用を禁じられているため、
退屈そうだ。粗末なパイプ椅子に座り、
天井を眺めている。
 誰も、凶器になりそうな太い紐など
手に持ってはいない。
 ベテラン刑事と若い制服警官は、
四人の容疑者をあらためて見た。
 見た瞬間、制服警官は叫んだ。
「もしかして、キミが犯人か?」


「わかったのか?」
 ベテラン刑事が質問したが、
制服警官はその言葉を無視した。そして、
四人の容疑者に声をかける。
「今この場で正直に話せば、
罪が軽くなるんだよ。教えてくれないか」
 反応はなかった。
 四人は、お互いの顔を見ただけである。
「……そうか、あくまでもとぼけるか。
それならしょうがない。
キミ、椅子から立ち上がってみて」


 初音ミクがゆっくり立ち上がった。
 そして、今度はベテラン刑事が叫んだ。
「ああ、その髪か!
その長い髪で首を絞めたのか」
 初音ミクは泣き崩れた。



 事件が解決して数十分後、
ベテラン刑事は制服警官に問いただした。
「コスプレというものに理解があるようだね」
「はい。私も時々」
「時々……ああいう扮装をするのか?」
「いえいえ。この制服をそのまま着ています。
制服を着て、ライトを被って
パトランプ男”になっているんです。
“映画泥棒”との絡みは、
腐った女性の皆様に好評でして」

 ベテラン刑事は頭を抱えた。