ミステリー板の拾い物

0179 1/2 ◆ofBEG7PXAg 2020/05/26 20:28:24
 貴族様から仕事の依頼があるとは、この上ない名誉だ。 
 今、俺は緋毛氈の上でひざまずいている。 
 目の前には貴族の母娘。母君は髪を盛大に結いあげ、 
ひきずるようなロングドレスをお召しだ。あのドレスを 
めくったら、ヒールの高い靴が見えるだろう。 
 驚いたことに、お嬢様もほぼ同じお姿だ。 
数々のリボンや宝石を身にまとっている。ひきずるような 
ロングドレスのなかは、やはりハイヒールなのだろうか。 
「あなたは、長年の経験がある高名な探偵だそうですね。 
探し出して欲しいものがあります。ウサギのぬいぐるみです」 
「……は?」「娘のジェニーが大切にしているウサギで…… 
あら、どうしたの?」 
 母君のドレスにしがみついていたお嬢様は、どこかへ走り去った。 

 貴族様の居城から、ウサギのぬいぐるみを見つけ出す? 
 俺は広間を辞すと、数十はあろうかという部屋を探し回る。 
 疲れ果てて廊下で休んでいると、視線を感じた。 
少し離れたところから、ジェニー様が俺を見つめている。 
「御髪が乱れておりますね。リボンも無くされたのですか?」 
「ウサギを見つけようとしているの?」「左様でございます」 
「頑張ってね」ごく短いお言葉。お嬢様はすぐにその場を離れた。
0180 2/2 ◆ofBEG7PXAg 2020/05/26 20:32:44
 お嬢様が消えると、入れ替わりにメイドが現れた。 
「奥様がお呼びです」 
 広間に戻り、あらためて緋毛氈の上で最敬礼。そこへ短いお言葉。 
「私は忙しいので、待つ時間はありません。見つかりましたか?」 
 え、もう? 忙しい? 
 これは即答した方がよさそうだ。時間を浪費して不興を買うよりは、 
たとえ間違っていても答えを提示するべきだろう。 
 それに、今のお言葉で確信を得た。 
「隠した場所は、まだ自信が持てません。しかし、誰が隠したのかは 
見当がついております。……お嬢様です」 
「ジェニーがぬいぐるみを隠した? 馬鹿馬鹿しい。何のために?」 
「多忙なお母様に構ってもらえず、寂しかったからです。 
私は探偵の仕事を長年続けております。その経験から申し上げると、 
周囲の関心を引くために物を隠す子供は意外にいるのです。 
おそらく、親御さんと一緒に見つけて喜び合うのが望みなのでしょう」 
 ところが、母君は忙しいからと探偵に任せてしまわれた。 
ジェニー様は失望したことだろう。だから、俺がぬいぐるみを 
探すのは手伝おうともしなかった。少し離れたところから眺めるだけ。 
 そのジェニー様、母君のドレスにしがみついたまま青い顔。 
 俺の推理は図星らしい。だとすると、ぬいぐるみは今……。 

   さて、ウサギさんは、どこにいるでしょう?
 
 
0193 179の解答編です ◆ofBEG7PXAg 2020/05/27 21:13:21
 お嬢様の顔色に、母君も気付かれたようだ。 
 俺の言葉が響いたためか、少しだけ口調が柔らかくなる。 
「なるほど、事情は理解しました。私に問題があったようですね。 
さきほど、隠した場所については自信が持てないとのことでしたが、 
それで構いませんので教えてもらえますか?」 
「まず、お嬢様は、あえて見つけやすい場所に隠したと思われます。 
お母様と見つけて喜び合うのが目的ですから。しかし、赤の他人の 
探偵が首を突っ込んできた。これは面白くありません。 
おそらく、最初に置いた場所から回収して、 
見つけにくいところへ隠したようです」 
 お嬢様がすぐそばにいるのだから、直接問い質せば終わる話だ。 
しかし、母君は俺の言葉をご所望のようで、こちらを見つめたまま。 
当てられるかどうか、気になるのだろう。 
「それで、俺……。いえ、私が考えますに、見つけにくく、 
邪魔な探偵が手を出せない場所といえば、あそこでしょう」 
「あそことは?」 
「お嬢様のドレスのなかです。 
その裾をめくったら、ウサギのぬいぐるみが足首のあたりに 
リボンでくくりつけてあるものと思われます」