鍵の短い旅

 地球の上のどこかであったお話です。
 ある国で、超能力を持つ男が見つかりました。
しかも、二人です。頭のいい医者が、
彼らの体はどうなっているんだろうと
色々調べました。でも、さっぱりわかりません。
 そのうち、超能力者は二人とも「俺は
すごいんだ。これで金もうけができるかも」と
考えるようになりました。

 超能力者たちは、あちこちへ手紙を出します。
「俺を高く買ってくれ」という売り込みです。
 その手紙のことを知った医者は、
国の偉い人たちと相談して、二人の超能力者を
刑務所へ閉じこめてしまいました。
特別な力を悪い連中に使われそうだったからです。

 そして、超能力は本物なのか確かめるため
名探偵さんが刑務所に呼ばれました。
 名探偵さんと二人の超能力者は、
狭くて窓のない部屋で会うことになりました。
 タバコをくわえた赤い髪の男と、
ガムを噛む黒い髪の男がいました。
 刑務所の囚人とはちがう、ゆるい雰囲気です。
 制服を着た看守が、超能力者たちの
すぐそばに立っています。

 赤い髪のAは、透視能力を持っていました。
「へえ、あんたは隣の国から来た探偵か」
「なぜ私のことを知ってるんだい?」
「あんたの財布に名刺が入ってるだろ」
Aは手を伸ばして、名探偵さんが着る背広の
ポケットから勝手に財布を抜き取ってしまいました。
Aには財布の場所も、その中身も見えるのです。
「ほら、名刺が入ってた」Aは得意げです。

 黒い髪のBは、念動力を持っていました。
 Bがにらむだけで、名探偵さんの体は
上へ上へと浮いてしまいました。
天井に頭をぶつけて、名探偵さんは涙目です。
 Bは、空中でゆれている名探偵さんの革靴を
つかみ、笑います。「俺の力はすごいだろ。
1メートルほどなら、さわらずに動かせるんだぜ」

 超能力は本物のようです。
 色々なイカサマを見抜くことができる
名探偵さんも、びっくりしてしまいました。
 看守は、AとBの態度が気に入らないらしく、
苦い顔です。

 名探偵さんが部屋を出ようとした時、
刑務所の看守が超能力者たちを怒鳴りつけました。
「おい、鍵をどこへやった」
 名探偵さんは振り返り、看守に質問します。
「何があったんですか?」
「俺の持っていた鍵がひとつなくなりました。
こいつらが隠したようです」

 鍵は小さな物です。でも、刑務所の鍵です。
もし刑務所の外にいる悪い連中が手にして
「あの刑務所ではこういう鍵が
使われているのか」 と知ってしまうだけでも
大変なことになるでしょう。
 AとBは「隠したりしてないぜ」とか
「俺の体を調べてみろ」と、へらへらしながら
しゃべります。彼らにとっては、冗談でしか
ないようです。看守の顔が赤くなりました。
「お前らが、超能力でどうにかしたんだろ」
「鍵を消し去ることなんて、俺でも無理だよ」
「俺の超能力にも限界はあるんだ」

 壁を抜けることはできません。Aは、
壁の向こうにある物が見えるだけです。
 空高く飛ぶこともできません。Bは、
1メートルほど動かせるだけなのです。

 狭くて窓のない部屋です。
 さて、鍵はいま、どこにあるでしょう?

 二人の超能力者が笑います。
「俺たちが鍵をひとつ手に入れたって、
刑務所から出ていけるわけじゃない。
看守にいつも見張られてるんだから」
 狭くて窓のない部屋です。

 名探偵さんが、疑問を口にしました。
「だが、刑務所の外にいる連中に
鍵を渡したら?」
「渡す? 俺たちはここから
出られないのに、どうやって外の連中に
渡すんだ? 伝書鳩に運んでもらうか?
ネズミの背中にくくりつけるか?」
「うん。ここには鳩もネズミもいないね。
……だけど、その代わりになるものが、
きみたちの目の前にいるじゃないか」

 名探偵さんは、自分の胸を叩きました。
「私だよ。私の背広のポケットに
鍵を入れたんだろ? 私が刑務所を
出たところで、誰かが私に襲いかかって
鍵を奪っていく計画なんだね」

 ……ポケットの中に鍵はありませんでした。
 名探偵さんは、背広を脱いで慎重に
調べました。ズボンのポケットや裾も
確かめました。でも、鍵はありません。

 AとBは、また笑っています。
 名探偵さんの顔が赤くなりました。
名探偵さんが冷静になるまで、たっぷり
五分かかりました。そして、彼は考えます。
「どこかに手がかりはあるはず。
自分が見落としたんだ。あるいは、
忘れてしまった。考えろ、思い出せ。
この部屋で何を見た……」
 名探偵さんが笑いました。
「もしかして、ここかな?」

 彼は、革靴を脱ぎました。
 靴底を見ると、鍵がガムで貼り付けてあります。

 名探偵さんは上機嫌です。
「土踏まずのカーブ、地面に当たらない部分に
鍵を貼り付けてある。これなら歩いても
気付かないなあ」歩いただけでは気付かない
場所です。でも、もし名探偵さんが
刑務所の外で誰かに襲われたら?
 地面に倒れたら、襲った人は
名探偵さんの靴の裏を簡単に見られます。
そして、鍵に気付いたでしょう。

「ガムを噛んでいたのは黒い髪のきみだ。
そして、超能力で私の体を浮かせておいて、
私の革靴をつかんでいた。
 あの時、看守に見られないよう手で隠して
こっそり鍵を貼り付けたんだね」
 今度は、超能力者たちの顔が赤くなりました。
「ちょっとした冗談、イタズラだよ……」
「へえ、イタズラか。イタズラした悪ガキからは
お菓子を取り上げないとね。……看守さん、
しばらくは彼にガムを与えないで下さい」