叙述トリック試作

 お集りの皆様。落語にはご存知の通り、
滑稽噺や人情噺がありますね。でも、今日はひとつ
怪談噺などいかがでしょう?
 顔のないおばけ、のっぺらぼうが
主役の一席でございます。お付き合いのほどを。

 ただ、今のご時世では怪談など
あまり面白みがないですな。皆様も、夜道で
おばけに出くわしたことなどありますまい。ははは。
現代は、電灯のおかげで夜道も明るいですから。
 おばけというものは、暗闇の中で生きているのです。
 江戸の頃は、月が雲に隠れてしまうと、明かりといえば
たよりない蝋燭などになってしまいます。


 さて、丑三つ時の暗い細道を、男がひとり、提灯を持って
歩いていた。すると、暗闇の中に女らしき
人影が現れて、「こんばんは」と囁いた。

 女の顔に気づいた途端、男は提灯を投げ捨てて
「おばけが出た」と叫びながら走った。
走って走って、どことも知れぬ広い通りに出た。
 男は蕎麦の屋台を見つけると、冷や汗を垂らしながら
近づいて「助けてくれ、おばけが出たんだ」
すると屋台の親父が「ほう、おばけですか。どのような?」
「どのようなもなにも、か、顔。顔にな」
「顔に?」
「顔に、目も鼻も口も……あるんだよ」
「目も鼻も口も、ある? 恐ろしいですな。
……それはもしかして、こんな顔ですか?」
親父の顔を見て、男は悲鳴を上げてひっくり返ってしまった。

 のっぺらぼうにとっては、顔に目や鼻や口がある方が
怖いという、そんな怪談噺でございました。


 落語家は深々と一礼をして、ゆっくり頭をあげた。
その顔には、目も鼻も口も……