月並みな思いつき

 新入りの刑事は青い顔をしていた。
上官に理由を問われて、ゆっくり首を振る。
「こちらの環境にまだ慣れてなくて」
「そうか、先月ここに配属されたばかりだしな」

 しかし、事件は待ってくれない。
現場は教会のようだった。歳月を感じさせる
古びた尖塔が、夜の闇に浮かび上がっている。

 開け放したドアで、若い尼僧が待っていた。
なめらかな白い肌に、伏し目がちな憂いの表情。
月下美人だな)新入りの刑事は
あまりに場違いなことを考える。

 尼僧は廊下を歩きながら、後ろにつき従う
刑事たちに説明する。「奥のドアから、銃声が」
 細い声は響くことなく、高い天井に消えていく。


 刑事たちは尼僧を下がらせ、警戒態勢をとると
ドアを開けた。肥満体の男が、窓のない部屋で
倒れていた。足から血を流している。床には光線銃。
膝の、半月板のあたりだろうか。命に関わる
急所ではなく、痛みのために気を失っているらしい。

 窓のない部屋、倒れている男性。
しかし、他に人影は見えない。新入りの刑事は
目を丸くした。彼を撃った犯人はどこへ?
 尼僧が、目に涙を浮かべて訴えた。
「私の夫です」
新入りの刑事が、また目を丸くした。
(不釣り合いな組み合わせだ。月とすっぽんだな)

 それよりも、事件である。彼を撃った犯人は?
部屋に窓はなく、ドアから廊下に出るほかはない。
 しかし、廊下で人影など見なかったと
尼僧は訴える。まるで、消えてしまったかのようだ。
(配属されて早々、難事件だな。ツキがない)


 しかし、上官は笑っていた。
「時々、こういう事件はあるんだ。
ここならではの事件が」
「どういうことです? 犯人の居場所に
心当たりがあるんですか?」
 上官は、首を振った。ありもしない
天空の月を指し示すかのように。「上だよ」
 天井の片隅に、小柄な男がへばりついている!

「逃げ損ねたんで、しばらく天井で
頑張るつもりだったんだろう」
「そんな……まさか」
「できるんだよ、ここなら。
なぜなら、体重が軽くなるんだ。
地球にいる時の、およそ六分の一だったかな」
 こうして事件は解決し、
月面居住区は平和を取り戻した。