「読んで下さい」

「趣味はなんですか?」
「小説が好きです」
「へえ。僕もです。沢山読んでて……」
「読んでて?」
「はい。……それが何か?」
「私は、書く方が好きなんです」
「書く?」
「小説を書くのが好きなんです」
「どんな内容なんですか?」
「読んだら、わかります。ぜひ読んで下さい」


 男は、喫茶店で作り笑顔を浮かべていた。
彼は、出版社の編集部長である。
 向かいの席には、若い女。手に、
紙の束を握りしめている。
 男は、作り笑顔のまま、女に声をかける。
「この前の作品は、素晴らしいものでした。
残念ながら、佳作という結果でしたが……」
「あれは、大したことありません」
女は彼の話をさえぎった。そして、
紙の束を男に差し出す。
「この小説を読んで下さい。
こちらの方が、自信あるんです」


 男は、紙の束を受け取った。
 紙には小さな文字が並んでいる。
 小説の冒頭は二人の人物による会話だった。

 「趣味はなんですか?」
 「小説が好きです」
 「へえ。僕もです。沢山読んでて……」
 「読んでて?」
 「はい。……それが何か?」
 「私は、書く方が好きなんです」
 「書く?」
 「小説を書くのが好きなんです」
 「どんな内容なんですか?」
 「読んだら、わかります。ぜひ読んで下さい」


 原稿を数行だけ読んだ男は、
顔を上げて女を見た。そして質問する。
「どんな内容なんですか?」
「読んだら、わかります。ぜひ読んで下さい」


『どんな内容なんですか?』
『読んだら、わかります。ぜひ読んで下さい』
『……はい』
『読んだら、小説の世界にのめりこんでいきます』
『のめりこんで?』
『そうです。そして、読むのを止められなくなる』
『すごいですね』
『興奮と緊張で、汗をかきながら読み進める。
紙の束に汗のしみができるほどです』
『それは驚きです。最後はどうなるんだろう』
『最後?』
『知りたいですね。最後はどうなるのか』



『「男は、呆然としていた。
手に、何も印刷されてない真っ白な紙を握りしめて」』