「お前が犯人だ」

 シモダは、血が混じった赤い泡を口から吐いていた。
 僕が声をかけても、首を振るだけで反応がない。
何かを探しているのか? 彼の顔に老眼鏡を
かけようとしたが、手が震えてうまくいかない。

 小さな声で、シモダが呟いた。
「盗んでなんかいない……」
「え? どうしたんだ、シモダ」
「自分で考えたアイデアなんだ……」
 声が、かすれて消えた。僕の隣で、
イシオカさんが叫ぶ。「シモダ先生!」

 警察による取り調べは、うんざりするほど
長かった。僕とイシオカさんが第一発見者なの
だから、仕方がない。そのうえ、シモダは
売れっ子の推理小説家だったのだ。
警察官たちの目には興味の色があった。

 調査が一段落すると、シモダの書斎で
待機するよう指示された。イシオカさんと二人で、
関係者や出版社に携帯電話であれこれ連絡する。
 ふと、シモダの担当編集者だったイシオカさんが
僕に語り始めた。「先生は、いつも冗談混じりに
おっしゃっていました。『もし俺が死んだら、君の所から
俺の一代記を出してくれ』……まさかこんなことに」

 僕は、シモダが残した最後の言葉について考えた。
(自分で考えたアイデアなんだ……)
 アイデアとは、推理小説のトリックを
指すのだろうか。それをシモダが盗み、
誰かに恨まれて……

「イシオカさんは、最後の言葉をどう思います?」
「シモダ先生は、他者のアイデアを盗んだりしません」
「そういえば以前、あるミステリーマンガに……」
「あれは、シモダ先生が盗まれた側です」


 僕は、シモダの書斎をぼんやりと眺めた。
 机の上の花瓶やパソコンは、ホコリをかぶっている。

 友人を殺したのは誰だ。
 動機が推理小説のアイデアに関する
トラブルだとしたら。

 突然、頭の中に閃くものがあった。
 まさか、そういうことなのか?
 この考えが正しいとしたら……、


 お前が犯人だ。

 推理のきっかけは、机の上のパソコンだ。
 パソコンは、ホコリをかぶっていた。
 もしかして、売れっ子で忙しいはずのシモダが
パソコンを使わずに執筆していたのか。
 それならどうやって? 原稿用紙に手書きで?
 それは時間がかかる。大量の注文をこなせない。

 そして、彼は老眼鏡を使用していた。
視力がいい方ではない。
 そこで、気がついた。目が悪くても、
数多くの作品を生み出せる執筆方法……。

 口述筆記だ。

 シモダは、お前に口述筆記を依頼していたんだね。
 シモダは録音機(ボイスレコーダー)に向かって語り、
録音したものをお前がデータに加工する。
 そして、データはシモダからイシオカさんに渡される。

 お前もたぶん、推理小説家なんだね。
 ある時、シモダが語る内容を聞いて愕然とした。
お前が持っていたアイデアと同じ内容だったから。
 お前は「大事なアイデアを盗まれた」と
憤慨したのだろう。でも、信じてくれ。それは単なる偶然だ。
シモダは悪い男ではない。友人の僕やイシオカさんが保証する。

 今、僕の前には3台のボイスレコーダーがある。
 1台は、これからお前に送る。ぜひ聞いてもらいたい。
 1台は、警察に送る。これから起こることを覚悟するといい。
 そして最後の1台は、イシオカさんの所へ送る。
シモダの一代記に役立ててもらうつもりだ。
 一代記には、この一行をいれてもらおう。

   「お前が犯人だ」