叙述トリック試作

    探偵が真相を語り始めた。
   「大広間で倒れていた双子。
   死亡時刻はほぼ同じ。二人とも
   首を絞められた跡があるのに、
   抵抗した様子はまったくない。
   双子を恨んでいたのは
   君ひとりだ。君が同時に
   双子を絞め殺したんだ。
   君ならそれができる。君は、
   腕が四本あるんだから」



 レストランで原稿を読んでいた編集者は、
椅子から転げ落ちそうになった。
 彼の目の前には、原稿を書いた作家がいる。
作家は、スポーツ新聞を広げていた。
「先生、なんですかこの原稿」
「鈴木が打率を上げてきたな。
未来の四番打者はこいつだね」
「先生」
「この店のポークステーキは旨いねえ」
「先生!」
「うるさいなあ。こっちは新聞を読みながら
食事を楽しんでるのに」
「なんですか、このオチは」
「驚いただろ?」
「あきれました。いきなり『犯人は
四本腕の男だ』って、ひどすぎます」
「いきなりじゃない。伏線はあったよ」
「え?」
「このまえ渡した第三章、あの中に
こういう描写があったはずだよ。
『彼は、バイオリンを弾きながら
タバコに火を点け、譜面をめくった』と」
「それがどうしたんです?」
「バイオリンを弾きながらタバコに
火を点けたり譜面をめくるなんて、
腕が四本くらいないと無理だろう」

「先生、そういう問題じゃないです」
「じゃあ、なんだよ」
「腕が四本ある男なんて、いないでしょ」
「いるよ」
「いません」
「いるってば。腕が四本ある男。便利なんだぜ」
 そう言われて、編集者はやっと気づいた。
スポーツ新聞を広げて野球の記事を読みながら、
ナイフとフォークでステーキを食べる作家の姿に。

 編集者は椅子から転げ落ちた。