叙述トリック試作

 ある小さな国、砂漠に囲まれた刑務所。
 窓のない暗い通路を、二人の男が歩く。
一人は濃紺の制服を着た看守で、
暑い中ネクタイを締めた律儀な大男である。
もう一人は顔中ヒゲだらけの男で、
油と血で汚れた囚人服を着ている。

「この国では、死刑は銃によって行われる」
「知ってる」
「だから今日も、小銃を六丁用意した」
「……」

 二人の男が歩くと、通路は砂のせいで
ザラザラと音がする。

「おい、あんた」突然、ヒゲの男が叫んだ。
「俺は何度も説明したはずだぞ」
「なにをだ?」ヒゲの男のぞんざいな口調に
つられて、看守も気兼ねせずに応える。


「俺はクーデターを企てていると説明したはずだ」
「ふん。仲間がいるんだっけ?」
「おう。俺は組織の幹部で、同志は国中に大勢いる」
「その話、新聞でも読んだな」
「新聞……? ああ、あんたは英語が読めるのか」
「読めるさ。学校に通ったからな」
「そうか、お前は知識階級(インテリ)だったよな。
俺にはまぶしく見えるぜ」
「ありがとよ」
「ところで、何度も説明したぞ。
クーデターは絶対に成功する。革命を起こす。
俺は確信していた。国の体制が変わると」
 看守は苦笑いをした。「もう聞き飽きたよ」

 歩き続けて、二人は刑務所の中庭に出た。

 そして、六発の銃声。

 一瞬で、濃紺の制服は穴だらけになった。


 ヒゲの男は、看守の亡骸にひれ伏して叫んだ。
「なんであんた、ここから逃げなかったんだ。
逃げて、生き延びてほしかった。
国の体制が変わった時、あんたのような
知識階級は絶対に必要だったんだ」
 そこへ、小銃を構えた男が近づいた。
「同志。目の前に横たわっているのは
刑務所の看守であり、体制側の男であります。
体制側の相手に慈悲など無用です。
もし逃げても、大勢いる仲間が
必ず見つけ出して裁きを下したでしょう」

 ヒゲの男は、嗚咽していた。