タクシーの怪談

 タクシーは、夜の道を走っている。
窓の外は暗くて、何も見えない。

「ねえ、運転手さん」
「はい」
「タクシーの怪談、ってあるよね」
「カイダン? ……ああ、ありますねえ。
女性のお客様をお乗せしたら、
いつのまにか消えていて……」
「そうそう、それ。そういう話って
なぜかいつも女性なんだよね」
「そうですね。髪の長い女性」
「男の幽霊だって、いるのにねえ」

「運転手さん、幽霊は?」
「はい。長年この仕事をやっていると、
色々ありますよ。幽霊とか強盗とか」
「強盗も?」
「はい。私に言わせれば、
幽霊や強盗は、あまり怖くないです」

 その時、タクシーが大きく揺れた。

「おおっと。壁にぶつかりそうでしたよ」
「あははは。危なかったー。
……それで、さっきの話だけど」
「はい?」
「幽霊や強盗、怖くないんだ」
「まあ、言われたとおりにしていれば、
命だけは助かります。
無理に逆らうから危ないのであって」
「そうか」
「黙って指示に従う。
そうしてご満足いただけたら、
消えてくれるでしょう。ですよね」
「うんうん、なるほどねえ」

「ここに、地図が表示されるんだ」
「はい。墓地に近づいてますね」

「運転手さん。
……僕ね、家がビンボーだったんだ」
「?」
「オヤジが働かなかった。
そのくせ酒好きでさ。
機嫌が悪いとすぐに殴るし。
家を出たくてしょうがなかった。
中学を卒業できたら、すぐに家を出よう、
どこかで仕事を見つけようと考えてた」
「はい」
「働いて、貯金して。十八歳になったら、
運転免許を取るのが夢だった。
いつか車が買えたらいいなあ、なんてね。
それがさ、オヤジに頭を殴られて……。
無理に逆らうと、かえって危ないんだね」
「はい」
「今夜は、本当にありがとう。
僕、一度でいいから
車の運転をしてみたかったんだ」

 小さな声でそう言うと、
運転席に座っていた少年は
霧のように消えた。