ずっとお城で暮らしてく

 子供の死体を目の前にして、城の当主である
老婦人エミは宣言した。「警察は駄目です」

 それで、私立探偵の俺が呼ばれた。
事件の犯人は、おそらくこの城の住人だ。
身内の恥を警察に見せたくないのだろう。

 八歳の子供が亡くなって数日後、俺は
城の当主である黒衣の老婦人に対面した。
「ジムは、ここで倒れていました」
 老婦人エミは、さらりと怖いことを言う。
 このあたりでよく見かける、部屋の天井が低い
城である。暖房の効率は良いらしいが、
俺は正直居心地が悪い。圧迫感があるのだ。

 貴族であるエミは、安物の背広を着た俺にも
丁寧な言葉遣いで説明してくれる。
「この部屋は食堂として使っています。
あの時、テーブルの上に鮭の切り身を
盛りつけた皿が乗っていました。
その切り身に、毒が混ざっていたんです」
 切り身を口にしたジムは倒れ、
そのまま目覚めなかったらしい。


「お孫さんのジムは、誰かに恨まれて……」
「いいえ。その点が不思議なのです」
 そうですか。つまり犯人も動機も謎だと。

 中年の女性が、部屋に入ってきた。
目が赤い。いや、顔全体が赤い。
「失礼。この半年、体調がすぐれなくて」
咳を繰り返し、口元をハンカチで押さえる。
 貴族らしい、品のある仕草だ。
 俺は最敬礼。「お悔やみ申し上げます」
 中年の女性メアリは、当主エミの
娘であり、ジムの母親だった。
「テーブルの上のお皿と切り身ですか?
私は覚えておりません」

 部屋を出て、使用人の部屋へ向かう。
 制服を着た二人のメイドが俺を歓迎した。
彼女たちも低い天井に圧迫感を覚え、
城での暮らしを心細く思っていた。
「メイドの皆さんは、皿を見たかい?」
「見ました。テーブルの上にお皿だけが
乗っていて……」「その皿だけが?」「はい」
「他に皿は?」「いいえ」
「フォークやナイフは?
チョップスティック(箸)は?」「いいえ」


 メアリの弟であるチャールズは、自室で
ジョナスとくつろいでいた。
「なんでも聞いて下さい。とはいえ、
僕もテーブルの上のお皿を見ただけです。
フォークや箸はなかったですね」
 彼が、言葉の途中で急に甘い声を出した。
「ジョナスはどうだい、ん?
……何も見てないのかな?」
 ジョナスとは、ほぼいつも一緒らしい。
「僕は半年ほど前、ロンドンからここに
帰ってきました。ジョナスを連れて。
この子はまだ、お城に馴染んでないようです。
できるだけそばにいようと思ってます」
「へえ、ロンドンですか」
「はい。ホームシックになりましてね」

 薄汚れた中庭(二人のメイドでは掃除が
行き届かないらしい)で、メアリに質問した。
「このお城をどう思っていらっしゃいますか」
「私は、ここで育ちました。これからも
ここで暮らしていきたいと思っています」
 咳混じりだが、丁寧な言葉に教養を感じる。
「弟のチャールズ様と同じお気持ちなんですね」
「はい。夫と別れてここに戻ってきた時には、
喜びを感じました」彼女は、咳を繰り返す。

 俺の脳裏に、答えが浮かんだ。
 毒を用意したのは……。
 夜になり、老婦人の居室を訪ねた。
「事件の謎が解けました。しかし、
あまり愉快な話ではありません」
「わかりました。では覚悟して聞きましょう」
「ある重要なポイントに気づきました。
テーブルの上に乗っていたのは、
あの皿だけだったんです。誰かに
毒入りの物を食べさせたいのであれば、
フォークや箸も用意するのではないか。
食べさせる相手が、人であれば」

 老婦人が頷いた。すでに表情が暗い。
感づいたらしい。だが、俺は言葉を続ける。
「フォークがなければ、手を出す人はいない。
犯人はそう考えていました。
ここの皆様は上品ですから。しかし、
八歳の子供が指でつかみ、口に入れてしまった。
 母親は、自分の息子であるジム君を
過信していました。つまみ食いなどという
はしたない行為はしない、そう思っていた。
でもジム君は子供です。つい、やってしまった」
 ……そう、あの皿はメアリが用意したのだ。


「不幸な事故と言えるでしょう。彼女は、
猫が食べることを期待していたのです。
猫が相手ならフォークなど用意しません。
ターゲットは、あの猫。
……ジョナスだったのです」

 老婦人が、涙を流しながら俺を見る。
「なぜ、娘は猫を殺そうとしたのでしょう」
「ここでずっと暮らしていくためです」
 メイドたちや猫には居心地の悪い城だが、
メアリにとっては譲れない我が家なのだ。
そして彼女は、ジョナスが邪魔だった。
「メアリさんは、半年前に猫が来ていらい
体調を崩されているようですね」

 彼女は、猫がどうしても無理だった。
 それは、克服できない体質の問題。
「おそらく、猫アレルギーでしょう」