由美子の挑戦状

わがT高校の推理小説研究部は、部員が二人だけ。
三年生の由美子先輩と、一年生の私、小百合。
由美子先輩は、私が入部するまで、約二年
一人で部を続けてきたらしい。その頃の部誌を読んで
びっくりした。創作も評論も面白いし、どれもこれも
先輩が書いたものだ。だから、毎日の部活動は
私が先輩の文章をほめちぎり、先輩は控えめに頷く
という繰り返し。先輩はいつも、私の賛辞を聞いて
「安心した」と微笑む。……安心ってなんだろう?
ふつう、ほめられたら「うれしい」だよね。

ある日、一人で部室の片づけをしていると、
顧問の先生が大人の人を連れてきた。
背広を着た男性で、わが推研のOBだった。
「キミが新入部員か。よかった」よくわからないけど、
嬉しそうにしている。自己紹介がすむと、
一緒に本棚の整理を始めた。四半世紀の
歴史を持つ推研は、部誌だけでも膨大な数になる。
「今までの部誌が全部揃っているな。……おや?」
OBが紙の束を持っていた。「どうしました?」
「驚いたな。これは、由美子君が
一年生の時に書いた処女作のコピーだ。タイトルは
『由美子の挑戦状』。まだ残っていたのか」
「由美子先輩の処女作? 読みたい読みたい!」
その時、殺気を感じた。殺気。本当だってば。

振り返ると、由美子先輩が立っていたんだ。
「きゃああ」と金切り声を上げて私たちに
飛びかかってくる。「読まないで読まないで!」
OBから紙の束をひったくり、
部室から走り去っていった。ものすごい勢い。
制服のスカートがひるがえってもおかまいなしだ。
先輩があんなに素早く動けるとは知らなかった。
特殊な訓練でも受けているのか!?

「見ました?」「うん、見た。まぶしい白だった」
「そっちの話じゃないです」
「ゴメン。でも、あんなに慌てるなんて。
いまだにトラウマだったんだな」
作者のトラウマになる処女作って、なんなの。
作者が「読まないで!」と叫ぶなんて。
「そんなにすごいんですか?」
「すごいよ。見てみるかい?」
OBの手には一枚だけ紙が残っていた。
慌てた先輩が取りそこねていったらしい。
絶対に読まれたくないみたいだけど、
気になっちゃうよね。ごめんなさい先輩。
OBから紙を受け取る。文章は横書きだった。
『幕間』と書いてある。

   幕間

 この中に犯人がいます、探偵は断言した。
 朗々と響きわたる声。
 信じがたい話だが
 大佐の死は、やはり殺人だったのだ。
 残る五人の中に、犯人がいる。
 果たして誰なのか。
 探偵の顔には真剣さと、余裕もうかがえる。
 自信があるのだ、導き出された答えに。
 間違いない。探偵は真相にたどりついた。
 黙りこくる五人達。
 洋館で繰り広げられた殺人劇に、終幕の気配。

   優秀な
   皆さんは、真相に気づいただろうか?
   ここで、考えていただきたい。

クライマックスのシーンらしい。
このあと、探偵が真相を暴くのだろう。
「さて、キミは犯人の名前がわかったかな」
「……え? これだけでわかるはずないです。
それに、名前って。『探偵』とか『五人』としか
書いてないのに」
「もう一度、よく見てごらん。見ればわかるよ」

「ちなみに、この物語は問題編のみで、
解決編は存在しない。二年ほど前、
由美子君は推研の部員達に
これを見せてさんざん考えさせたあと、
ひとことで答えを示したんだ」
「ひとこと? ひとことで説明したんですか?」
「そうだよ」
「うーん、わからない。降参です」
「じゃあ、ひとことで説明しよう。
……コロシタノハタジマダヨ」
「え? タジマって誰ですか。それに、
どう推理したらその答えになるんですか」
「推理じゃないんだ。文章の最初の一字を
見てごらん」
   こ朗信大残果探自間黙洋
   コロシタノハタジマダヨ


「ひっどーい! なにそれ」
「ひどいよな。推理も伏線もなにもない。
ただの縦読みなんだから。由美子君に
『答えは幕間に書いてあるでしょ』
と言われて当時の部員達は激怒したよ。
そして大喧嘩になった」
「その気持ち、わかります」
「じゃあ、想像できるよね」
「え? なにをですか」
「推研の部員が由美子君だけになった理由」

「この作品のせいで?」
「そう。大喧嘩のあげく、誰もいなくなった。
でも、それから彼女は努力した。
歴史ある推研が自分のために潰れることだけは
避けたかったんだ。自分だけでほとんどの
文章を書いて、部誌を出し続けた」
「そうだったんですかぁ」
「彼女が来年卒業すると、推研はキミ一人になる。
頑張ってほしい。ボクも手を貸すから。
さっき見た処女作は、笑って許してくれ」


 わがT高校の推研は、部員が二人だけ。
 来年には由美子先輩が卒業し、部として
 続けられるかどうかはすべて私の
 手にかかってくる。
 由美子先輩の頑張りを無にす
 るわけにはいかない。T校推研が持つ
 四半世紀の歴史を守りたい。もしあなたが
 T高校に入ったら、ぜひ推研に来てね。