火気厳禁の殺人

 年老いた刑事が、酒を飲みながら語り始めた。

 長年警察で働いてきて、一度だけ
おかしな事件にぶつかったことがある。
 もう二十年前の事かな。山奥にある工場から
通報を受けて駆けつけてみたら、行った先で
白髪のジジイに足止めされたんだ。
「ここは火気厳禁です。注意して下さい」
 そう何度も念を押された。

 そこの工場では、花火を作っていたんだ。

 花火を作るための火薬が大量にあって、怖かった。
救急車やパトカーに乗って来た連中は、
現場での仕事が一段落すると、
工場が見えなくなるまで離れてから一服してたよ。
 その花火工場の倉庫に、デブが倒れてた。
胸を血で真っ赤に染めてね。


 山のふもとに花火メーカーの事務所はあって、
山奥の工場で働く男たちは、配送担当の社員に
ワゴン車での送り迎えをいつも頼んでいた。
 どうして工場は山奥にあるのか?
 危ないから隔離してるんだろうな。
 俺たちを呼んだ白髪のジジイは
工場長だった。といっても、ふだんこの場所で
働くのはたった三人らしい。
 工場長と、主任と、平社員。死んでたデブは
平社員だった。肺に弾丸が突き刺さっていて、
遺体のそばには粗末な改造拳銃が転がってた。

 銃で撃ち殺されたのなら、やることがある。
 硝煙反応の検査だ。
 銃を撃つと、煙とか火薬の燃えカスとかが
服に付着する。手や腕がむき出しなら、
皮膚にこびりつくんだ。簡単には落ちないぜ。
 検査すれば、銃を撃ったのは誰か
高い確率でわかる。

 ところがだ。
 調べてみたら、工場長も主任も反応が出た。
 二人とも、火薬まみれの体だった。
 当たり前だよ。花火工場で働いてるんだから。


 数日後の捜査会議は、下品な冗談が飛び交ったね。
工場長と主任が陽性反応なら
二人で撃ったに違いないとか。
(撃たれたのは一発だけなのに共犯はないよな)
 遺体からも硝煙反応が出た、
自分で自分を撃ったのだろうとか。

 ただ、容疑が濃厚なのは主任だった。
 足腰の弱ったジジイの工場長が
無害に見えたせいもあるけど、
主任は素行に問題ありだったんだ。
 主任は四十代の男だったかな。
ガリガリに痩せた体からは、明らかに
アルコール中毒の兆候が見て取れた。
何も食わず、ひたすら飲み続けるタイプの
ようだった。危険な火薬に囲まれて働く
ストレスを、酒でごまかしていたらしい。

 そんなわけで主任を絞り上げようという
雰囲気になってきた時、若い刑事の発言で
捜査会議は凍りついたんだ。

   ……さて、ここで問題だ。
   犯人は誰だと思う?


 若い刑事が手を挙げた。
「あんな場所で銃を打つのは怖くないですか?」
 その場にいた連中は凍りついたね。
あそこは火気厳禁なんだ。一服する時ですら、
工場が見えなくなるほど離れてから
煙草に火を付けてたほどなんだよ。

 銃というのは、薬莢につめた火薬を
爆発させて、その力で弾丸を飛ばすんだ。
だから煙が出るし、火花も散る。
あそこで拳銃を撃つのは危険すぎる。

 ということは、別の場所で撃たれてから
あの場所に遺体を運んだわけさ。
そして工場長と主任が疑われた。
 もうわかるだろ?
 犯人は、手袋と長袖のシャツを
身に付けて撃ち、遺体をワゴン車で
工場へ運んだんだ。それで硝煙反応の
検査をごまかせたんだから、
昔の科学捜査はレベルが低かったんだな。

 そう、犯人は配送担当の社員だったよ。